10月6日からフェニックス・リーグのため、二軍本体が宮崎へ旅立った。翌日。残留組の中、黙々と汗を流す、1年目の森田一成内野手(19)の姿があった。
07年の高校生D3巡目でタイガースに入団。関西高(岡山)では通算25本塁打を放ち、左の長距離砲として名をはせた。しかし、プロ入り後は高校時代からの右肩の古傷の再発など、5月から5カ月に渡るリハビリ生活を送った。
見た目は愛きょうたっぷりで、そんな苦悩を感じさせないぐらい、いつもニコニコしている。が、心の内では鬼気迫るものがあった。ある日、室内打撃を終えたあと、声をかけた。「全然バットを振れないです。ダメです。もう実力の問題です…」。笑顔は消えていた。
さらに同じく残留して指導にあたっている立石野手総合兼打撃コーチ(50)には「甘い」と一喝された。野手で残っているのはリハビリ中の同期入団の高浜卓也内野手(19)と森田だけ。ここぞとばかりにマンツーマンの徹底指導を受けている。屋外で1人のみのフリー打撃、ポール間ダッシュ、守備ノック…。
「めちゃめちゃしんどいです。でも、要領がいいし、わかりやすいです」
充実感とともに手応えをつかんだ。確かにこれまでの森田を知っているだけに変わっていくのが見てとれた。打撃練習では素人目でもスイングが鋭くなっていると感じた。ボールとぶつかったときの衝撃音はより響くようになり、サク越えも増えた。
「いまのうちに振り込んで、秋のキャンプで爆発させますよ」
心強い言葉を聞いた。 そりゃ書くっきゃないと思い、「じゃあ、コラムに書くから」と話すと、「恥ずかしいんでやめてくださいよ」と照れた。いつもの森田スマイルが戻っていた。
小松 真也(こまつ・しんや)
1985(昭和60)年7月6日、大阪市生まれ。甲南大学卒。08年4月に入社。中学から野球を始め、大阪市立東(ひがし)高では硬式野球部に所属。左横手投げの軟投派エースとして16強2度を経験。しかし大学でのポジションは“スタンド”。私生活ではパチンコ、競馬など勝負事が大好き。毎日が悪戦苦闘のルーキー記者。